私のうつ病は「死にたい病」だった 女性 塾講師 37歳 T.R.さん

塾の講師をしていたところ、うつ病になりました。思いもよらないことだったので、最初は「まさか自分が」と思い、うつ病であることをなかなか認められませんでした。

一年間の休職で自分を見つめ直したことでうつ病から回復することができました。

塾の仕事でうつ病に

うつ病になったのは教師から塾の講師へと転職してから三年目でした。塾は夜の商売です。なので、仕事から帰ってくるのは連日深夜二時を過ぎました。それから夜食を食べ、軽い睡眠をとってから、授業で使うオリジナルの教材を作ります。昼過ぎには出勤し、夕方の授業に備えていました。

睡眠時間は5時間とれたらよい方で、受験シーズンになったら、睡眠時間が4時間切ることもしばしばでした。最初の二年は若さで乗り切っていたのですが、三十代半ばに突入してから、めっきり体力の衰えを感じるようになりました。日に日に疲労の度合いが増し、それにともなって気分もふさぎがちになりました。

授業をうっかり忘れるといったミスを繰り返すようになり、「自分は認知症なのでは」という不安が頭をよぎるようになりました。私の祖父が認知症になったときの初期症状と当時の自分がよく似ていたのです。不安になって脳外科を受診したところ、うつ病だという診断が出ました。

私は元々、くよくよしない性格なので、自分がうつ病になるなんて思ってもいませんでした。うつ病は根暗で弱い人間がなる病気だと思っていたのです。なので、最初は自分の病気を受け入れることができませんでした。

うつ病が治るまで

しぶしぶ、処方されたうつ病の内服薬を飲み始めたのですが、その薬には睡眠作用があったので飲むととても眠くなってしまいます。

眠気のあまり仕事に行けない日が続いたので、休職することにしました。うつ病の治療方法は月に一度の診察と薬でした。カウンセリングもすすめられたのですが、気が進まなかったので結局行かずじまいでした。

休職して初めて気づいたのは、自分がとても疲れているということでした。一日アパートの部屋にいると、それまで気付かなかった身体の不調やストレスを自覚しました。うつ病の症状も休職したときからぐっと重くなりました。

一日中「自分は社会に必要のないくずだ」「死にたい」という考えに取りつかれることもしばしばでした。発作的にかみそりで自分の腕を切ったこともあります。私の場合は、うつ病は死にたい病でした。

綱渡り状態ではありましたがどうにか死ぬ前に、うつ病を改善させることができました。薬と、診察の度に私の泣き言を聞いてくれたお医者さんのおかげです。治療を始めて半年ほどで症状が軽くなり、発作的な衝動にかられることがなくなりました。職場への復帰には一年かかりましたが、どうにか果たすことができました。

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